ひとりごと

永遠のヤス。

"光年"を肯定する説

おひたしの『光年の愛』の光年が距離の単位だというツッコミをして、

永遠を信じられるのは無知ゆえ若さゆえだ、という"含み"説」を提唱しました。

 

(というか作詞家はわざと間違ってると予想します。)

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若いころは「この愛が尽きるはずがない」とか、

この恋が終わるはずがない」とか、

思いがちじゃないですか?

(世間一般)

 

しかし現実には色々なことが起こって、

挫折があったり幻滅があったりしますでしょう。

(必ずとは言わない)

 

その若さゆえの"わかってなさ"を"光年"という言葉に託しているとしたら、

これから厳しい現実が待ち受けているという暗示として機能してます。

(意図したのかは謎です。

意図してるかも知れないしそうでないかも知れない。)

 

実際この歌の"光年"に引っかからずに素直に聴けてる人は、

多分、若くて無知です。

 

そう考えると、

これから大人になっていくメンバーが歌う歌として、

最もふさわしいかも知れないとすら思えてきました。

 

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これがわざとだったら、

作詞家は策士ですね。

 

過剰にピュアな歌詞ですからね。

多分わざとですね。

 

"大人"が聴いても、

"大人じゃない人"が聴いても成立する歌詞。

これは名曲ですね。