出番は後半に一言?ありました。
残念ながら活躍はできませんでしたね。
俳句に挑戦しましたが、取り上げられず。
https://twitter.com/ebi_miyabi_maru/status/1703349083052851578
↑こちらの方が解読しておられます。
---
俳句甲子園だって。
こんなんあるんやね。
作品の質を競うだけじゃなくて、
ディベート形式でお互いの作品を品評するバトル要素があるんだってさ。
作品点が10点?でディベート点が3点?
---
これは色々とどうなんだろうと思います 笑。
別にディベートするのは良いんだけど、
相手の句の方が良いと感じても、
相手の句を批判しなければならないという仕組み。
これは設計思想として間違ってると思います。
さらに根本的な疑問として、
実体験や現実の情景を無視して空想で詠むものなんですかね?
そういう流派があっても良いとは思いますが、
俳句の本流とは違うような気がします。
(その議論は後半のディベートでも登場してますね。 笑)
例えば、登山をして、その場で詠むとか、
そういう方が俳句の大会としてあるべき姿なのではないかと。
だってさ、
「星月夜」ってお題があって俳句を詠んでるけどさ、
彼らは普段から夜に星を見上げてますか?
多分、スマホばっかり見て星に気をとめないでしょう。
ということで、私も一句。
星月夜 空を忘れし スマホの灯
私が考えたわけじゃなくて、ChatGPTさんに作ってもらいました。
『「星月夜」を季語として、「スマホばかり見て、夜空の美しさに気付かない現代人」をうたった俳句を考えてください。』
とお願いしました。
(5回ぐらい作り直してもらった。)
後半のテーマ「道」でも作ってみました。
今度は、ChatGPTと私で議論して作ってみました。
道忘れ 蝉時計 夏の園
『「道」という文字を入れて、俳句を詠んでください。これは俳句甲子園という高校生の俳句大会で発表する作品となります。芸術であるはずの俳句をテクニックで競い合うものにすることに対する皮肉を込めた俳句にしてください。また、夏の季語を入れてください。』
(10回ぐらい作り直してもらった。)
しかし、こんな風に、家から出ずに、パソコンで詠んだ句って、アリなのか?